体験的、脳卒中リハビリと、CIセラピーとの出会い

1999年12月16日、勤め先から帰宅途中の妻が地下鉄の中で突然脳梗塞で倒れた。 まさに青天の霹靂であった。 脳血管外科専門病院での必至の治療で 一命は取り留めたものの左半身に大きな障害が残った。 それから現在までは正にリハビリの毎日であった。 病院でのリハビリ以外にもいわゆる民間療法を含 めて出来ることは全てやったがはかばかしい進展はなかった。 55歳の若さで重い半身を引きずって必死に生きる妻と過ごす毎日はまさに地獄の日々であっ た。 何とか有効なリハビリの手法はないものかと、高名な「慶応大学月ヶ瀬リハビリセンター」を始め各地の病院をわたり歩いたが、大学の教授たち、医師た ちからは異口同音に「現代の医学では発症後12ヶ月を経過した患者(慢性期に入った患者)には効果的なリハビリの手法はなく、どんなに一生懸命リハビリに 励んでも現状維持がせいぜい」と知らされるだけであった。 妻が倒れるまでの私は脳卒中による半身不随で生きる人々に全く無関心、無意識、他人事であっ た。 しかしながら、ちがった目で世間を見ると身近になんと多くの人々が苦しんでいることか、そして全国で毎年30万人以上が発症し、そのうち13万人が 死亡、生存することができた患者の大部分が半身不随などの後遺症を持ち、200万人を越える患者(旧厚生省保健医療局生活習慣病対策室調)が苦しんでお り、そして年々増加の一途をたどっていることを知らされた。 絶望の淵にあったときに、アラバマ大学の Edward Taub 教授によって新しく開発された CI セラピーの存在を知った。 それはまさに革命的なリハビリで、従来の医学界の常識を覆し、すでに慢性期に入った患者(発症後12月を過ぎて慢性期に入った 患者)でも麻痺した半身の動きを取り戻せるというものである。 妻の発症から6ヶ月たった2000年の6月のことであった。  まさに「地獄に仏」とはこ の事で、早速アメリカの友人を動員してアラバマ大学 Taub 教授とお会いしたく思いアポイントをとるべく努力した。  しかしながら当時のアラバマ大学のTaub教授の教室は米国、ヨ-ロッパでこのことが新聞、テ レビ等のメディアで大々的に取り上げられたために問い合わせが殺到し、個々の問い合わせに対応できる状態ではなかった。 2001年に入っても進展がな く、たまりかねた私は、「Taub 教授にお会いできなくとも、とにかくアラバマ大学を訪れて実情を知ろう」と決心して渡米した。

私が訪れた2001年7月13日は、世界で初めてCIセラピーのクリニックがTaub Training Clinic としてアラバマ大学病院(UAB Health System)内に誕生してちょうど1週間目で大変あわただしい状況であったにもかかわらず、

  • Prof Edward Taub 博士
  • Ms. Catherine Newhouse MBA 総括責任者
  • MS. Jean Crago MS チーフセラピスト

のお三方にお会いすることができた。 早速妻の治療を申し入れたが、すでに世界中から6000人もの治療申し込みが殺到しているとのことであった。 しかも一度に治療できる患者20人に過ぎないとのことで、このままでは何年待っても治療を受ける見込みはない。 日本においては、既存の医療機関が新しい医療技術を積極的に取り入れようとしない(あるいは出来ない)現状に鑑み、この上は唯一の残された手段として、仙台に CIセラピ-のクリニックを創立し、妻や、同じ苦しみに悩んでいる多くの人々に希望を与えたいと考えた。 Taub教授とそのスタッフからも全面的に協力してくれるという確約を得て(その後2003年1月に技術提供の契約締結)、家内や同じ障害に悩む患者の方々の苦しみを和らげることにお役に立ちたいと願ってこの事業を推進している。

アメリカ社会の包容力を寛容

アラバマ大学が存在する Birmingham は昔、いわゆるディープサウスと言われ悪名高いK・K・K=クー・クラックス・クランの本拠地であった。1960年代の黒人排斥運動の中心都市で、ケネ ディ大統領の時代に公立高校に黒人の入学を認めたことから全米で暴動が起こった正にその震源地であった。訪問前、当時のニュース報道の映像を鮮明に記憶 していた私は「多分今でも人種差別、偏見が残っており、東洋から一人で飛び込んできた得体の知れない一老人の個人的な願いなど問題にされないのではない か」と思っていた。しかし実際にはTaub 博士はもとより、UAB Health System の関係者はすべてが私の「身勝手な願い」に真剣に取り組んで下さった。そして二度目の訪問では関係者8名の方が参集してくださり契約の条件の 協議、三度目の訪問時には契約締結、と考えられない様な順調さで進んだ。これもひとえにTaub 博士のご理解と大学内での高い信頼、Clinic Manager Ms. Jean Crago の暖かいご配慮、UAB Health System CEO Mr. David Fine の寛容、そして特にAdministrative Director Ms. Catherine Newhouse の学内での影響力の大きさとその行使、に負うものである。私はこれらの方々に心からの尊敬と感謝を捧げるものである。 同時にこれらのことが起こりうる アメリカ社会の包容力の大きさと寛容に改めて敬愛の情を禁じえない。(日本の大学病院で、東南アジアから来た一老人に、はたしてこのような対応が考えられ るであろうか?)